「花魂 HANADAMA」の練習の過程で、『新古今和歌集』に収められた、藤原家隆の歌に出会いました。
この歌をもとにして、詩を書きました。
「詩の通信 V」第四号掲載作品として発表されるものですが、「花魂」から生まれた作品と考え、ここに掲げます。
月の都
木部与巴仁
ながめつつ思ふもさびし久かたの月の都の明けがたの空
藤原家隆(『新古今和歌集』)
(一)
月の都のライヴハウスで
女は詠(うた)う
銀色の花を持て
かすかな声で
この花をあげようと思った
あなたはいない
暗く空っぽの部屋に
ひとりぼっちの私がいると
月の都のライヴハウスは
人影なしに足音だけが響く
石畳の街にあった
(二)
月の都のライヴハウスで
男は聴く
裸の影あらわにした
女の詩(うた)を
やさしい声とやさしい肌に
心は溶ける
遠く地球を離れ
ただひとりやって来た
月の都のライヴハウスは
人影なしに足音だけが響く
石畳の街にあった
*
(間)
チラシを受け取ると
月の都行きの案内状だった
午前三時二十分
この駅前からバスは出る
半信半疑で申し込むと
当選したと電話がかかった
時計を見ると午前零時
窓の向こうに
月が浮かんでいた
*
(三)
月の都のライヴハウスで
女は詠った
黒い川が心に浮かぶ
重たい流れに
哀しいこの身をまかせよう
消えてしまいたい
思い出が私を苦しめる
生きていても仕方がないと
月の都のライヴハウスは
人影なしに足音だけが響く
石畳の街にあった
(四)
月の都のライヴハウスで
男は聴いた
目を閉じたまま
女たちを想いながら
私は罰を受けているだろう
ひどい男だったから
帰れそうにない
嘲りの笑みが浮かんで来る
月の都のライヴハウスは
人影なしに足音だけが響く
石畳の街にあった
(五)
月の都のライヴハウスで
女は詠(うた)う
楽しかった何もかも
今はないのだと
思い知った明け方の空
寂しさを怒りで殺しながら
あなたの声に
私は身をまかせているよと
月の都のライヴハウスは
人影なしに足音だけが響く
石畳の街にあった
*
(間)
復路のバスが
出発しようとしていた
乗客の姿はない
居場所のない者を
地球から月に運んでゆく
ただそれだけのバスだった
十五夜の月を仰ぐと
かすかに光る点が見える
それが月の都だ
*
(六)
月の都のライヴハウスで
男は聴いている
涙の酒などいらない
燃えてしまえ
誰も知らないこの街で
人知れず死ぬ
それが私の運命だと
思うたび男の心は安らいだ
月の都のライヴハウスは
人影なしに足音だけが響く
石畳の街にあった
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